開催報告(第18回)

人間と機械の視覚

講師 : 石川 博
日時 : 2007年12月21日
会場 : マドンナ (西区浄心)

第18回サイエンスカフェは、12月21日(金)、西区浄心の喫茶店「マドンナ」で開催され、「人間と機械の視覚」というタイトルで、石川博准教授が担当されました。

人間の視覚機能はなかなか機械では代替できません。多くの人がそう思っていますが、それが何故かを説明するのは、そう簡単ではないと思います。脳の働きを含めた人の視覚の不思議を具体的に説明してもらえたのが、今回のサイエンスカフェでした。

石川先生はまず、現在花形である、ルービック・キューブをするロボットや客を接待するロボットを紹介しました。これらのロボットは、一見素晴らしい視覚機能を持っているように見えます。しかし、実はロボットが視覚で行っていると思われる機能には「からくり」があり、“マークやはっきり分かる色がついていないと対象を認識できない”とか、“通路を歩いたり、人を見つけたりするためには、赤外線センサや超音波センサの助けを借りている”のだという事実が紹介され、人が視覚を使って簡単に実現している作業を機械で実現するのはそう簡単ではないらしいことが示されました。そして、人が当たり前に物を見ていることが実は不思議な脳の働きによっているらしいことを、とても視覚的に分かりやすい例で説明してくれました。

今回紹介された不思議な脳の働きは、次の3つでした。

  1. 人が見ているものは脳の中で創られる。
  2. 人は見えないものを見る。
  3. 人は部分から全体を創る。

人の視覚の不思議な能力は色々あると思いますが、今回の話は、主に目に写る2次元の画像から実際の3次元の情景を理解するために、人に獲得された脳の働きです。それは、心理学では“視覚のルール”という形で理解されているようです。曰く「特別でない視点ルール」、「偶然でない関係ルール」、「谷ルール」。ですが、そのルールは必ずしも常に成り立っているわけでもないようです。

最初に、人が見て立体的な形を簡単に思い浮かべる二次元的な図が、実は三次元的には全く異なった立体形状からも実現できることを、その立体を回転させるプレゼンテーションで示してくれました。どれもとても面白いのですが、特に驚くのは、“悪魔の三角形”という図でしょう。我々には繋がっているようにしか見えない不思議な三角形が、実際には繋がっていない物体として実現可能であるというお話です。想像を絶することなのですが、そのことがその物体を回転した画像で説明されるのを見ると、我々は「特別でない視点ルール」で如何に対象を制限しているのかが分かりました。余談ですが、このプレゼンテーションは、とても分かり易くできており、準備は大変であったろうと思います。

“見えないものを見る”は、錯視の話です。これはカニッツァの三角形(右図)のように、本当には描いていない輪郭が人には見える能力のことです。この能力は、本来のものと違うものが視覚的に‘見える’のですから、人には有害な能力のように思えます。しかし、これも視覚が“物体が背景の上にある”と認識する能力を持つときに、副作用として持ってしまう能力のようです。ただ、これを説明する「偶然でない関係ルール」は、確かに良い心理学的説明ではあると思われますが、“偶然であるかどうか”を科学的に定義することは、筆者には同じように難しいように思われました。

30人程の参加者には、様々なバックグラウンドの方がおられただろうと思いますが、今回の話は、誰にでも興味深く聞けたのではないでしょうか。休憩時間や最後の質問時間には色々な質問がありました。最初にロボット視覚の話があったので、「今日説明された視覚のルールは、ロボットの視覚に応用されているでしょうか?」との質問もありました。その回答は、「コンピュータ・ビジョン研究が始まった頃にはよく研究されたが、難しいということが分かって、現在は下火になっている」でした。心理学とロボット工学との間には、まだ深い淵があるようです。ロボットが、このような“人と同じように見る”能力を持つのはいつのことになるのでしょうか。

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