開催報告(第25回)

生物多様性シリーズ 3

DNAから動物進化の謎を読み解く
  〜生物多様性の来し方行く末〜

講師 : 熊澤 慶伯
日時 : 2008年8月30日
会場 : 名古屋市緑化センター (鶴舞公園内)

第25回サイエンスカフェは、8月30日(土)に鶴舞公園にある名古屋市緑化センターで開催されました。講師は本年度から当研究科のスタッフとなった熊澤慶伯教授で、「DNAから動物進化の謎を読み解く 〜生物多様性の来し方行く末〜」という題で2時間の講演が行われました。当日は東海地方を襲った大雨の後遺症で参加者の減少が懸念されましたが、ほぼ満席となる大勢の市民の参加を得て、講演の中間や最後には活発な質疑応答が繰り広げられました。

熊澤氏の話は、1)生物多様性の問題、2)進化とは、3)分子進化と分子系統学、4)脊椎動物の進化、5)終わりに、の5つのパートに分かれました。最初のパートでは、まず生物多様性という言葉の意味する内容が、カラフルなパワーポイント画像を使って説明されました。生物多様性とは、一言で言えば「生物の種類やその営みにおける豊かさ・複雑性」のようなもので、いわゆるバイオマスの多さを指す訳ではないこと、種の多様性、遺伝子の多様性、生態系の多様性の全てが包含されること、などが語られました。

次に2010年に名古屋で開催されることが決まった生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)でどのようなことが議論されるのか、また生物多様性問題に対して科学者がどんな貢献を求められているかに話が及びました。世界中に生物の種がどれほど存在し、それが毎年どのくらいの速度で減少しているかについて信頼できる数値を与えることが科学者に求められているけれども、まだ精度の高い推定値は必ずしも得られていないのだそうです。熊澤氏によれば、進化(Evolution)とは生物多様性の創出の仕組みであり、生態(Ecology)とは生物多様性の維持の仕組みです。進化学や生態学は、個々の分類群ごとに細分化された専門家たちが、自らの知的好奇心を満たすために行う研究(実社会で起きる諸現象と殆ど関わりを持たない研究)の代表のように考えられてきたけれども、生物多様性の保全や持続的利用が地球的規模で大問題となりつつある現在、この分野の専門家の養成、国際レベルでの活動の連携や統合、研究活動への戦略的支援などが重要な課題になっているようです。とりわけ大学など教育研究機関における分類学・生態学の専門家の減少は深刻で、仮にBarcode of Life計画(地球上の全ての生物種のDNA塩基配列をデータベースに登録し、形態や生態などの情報がなくても種同定を可能にしようとする計画)が実現されたとしても、分類学・生態学の専門的知識なしでは生物多様性問題の解決にうまく繋げられないであろうことが熱っぽく語られました。

講演はその後進化や種の定義などの話に移り、現在では蛾の工業暗化や金魚の品種改良などの例も広い意味での進化現象の一部と捉えられる傾向があることが述べられました。続いて熊澤氏の専門である分子系統学について、どのような理論に基づいて系統樹がDNAデータから構築されるのか、形態情報に基づいて復元された系統樹とDNA情報に基づく分子系統樹でどのような違いが生じうるのか等について概念図を用いて説明されました。実際の研究例として、カメ類の系統的位置づけの問題、イグアナ類の生物地理の問題が引き合いに出されたときは、一般の参加者にとって少々難しい話になるかとも思われましたが、要点を明快に突く熊澤氏の語り口に引き込まれ、あっという間に時間が過ぎてしまいました。生物多様性の分野は、アマチュアの方でも十分身近に楽しめてかつ社会貢献ができる課題を多く含むので、「皆さん御興味をお持ちの生き物についてその進化や生態について調べてみませんか」、との問いかけで講演が終了しました。参加者の方からは、高等学校で生物多様性の問題をどう教えたら良いか困っており、今回の話は大変参考になったなどのコメントも寄せられました。

当日は「ホームニュースしょうわ」記者の中根理絵さんに、手製のケーキとコーヒーのサービスをして頂きました。厚く御礼申し上げます。

[戻る]