開催報告(第71回)

南海トラフの巨大地震の想定はどのように行われたか

講師 : 山岡 耕春
日時 : 2012年11月16日
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)


第71回サイエンスカフェは、11月16日の午後6〜8時に、栄の7thカフェで開催されました。講師の山岡耕春氏(名古屋大学環境学研究科教授、同大学地震火山研究センター長)が、「南海トラフの巨大地震の想定はどのようにおこなわれたか」のタイトルでお話し下さり、約40名の参加者がありました。

昨年3月11日の東日本大震災は、東北地方に甚大な被害をもたらし、福島第一原子力発電所から漏れ出た放射能は、長期の健康被害と経済停滞をもたらすことが懸念されています。この未曾有の災害により、私たちは改めて地震の恐ろしさと防災の重要性を認識することとなりました。大地震や津波が発生するメカニズムは科学的にどこまで解明されていて、私たちはどのような心構えでそれに備えたらよいのでしょうか?山岡先生のお話は、そのような疑問にまさにお答え頂けるような内容でした。

山岡先生のお話は、日本列島を中心にした極東アジアの印象的な地図(人工衛星目線で水深や標高などが分かりやすく記されたもの)から始まりました。太平洋プレートあるいはフィリピン海プレートの沈み込みによってエネルギーが蓄積され、それが開放されて巨大地震が起きるというメカニズムが、この地図を使って明快に説明されました。山岡先生は、内閣府中央防災会議の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」のメンバーでもあられます。同検討会のモデルをもとに、内閣府は最近、南海トラフ沿いでマグニチュード9レベルの大地震が起きる可能性があり、その場合最大で32万人の死者が出る危険もあるとの推定を発表しました。従来は、そこまで大きな規模の地震や死者は想定されていなかったのに、今回政府はなぜこのような発表を行ったのでしょうか?山岡先生によれば、東日本大震災の教訓を得て、地震の想定規模に関するスタンスが変わったのだそうです。従来は、過去に起きた記録に残る事例を参考に、既往最大の想定をしていたが、それでは千年に一度起きるような大地震に備えられなかった。今後は、想定レベルを最大限に引き上げて対策を練る方針になったのだということでした。

震災には、地震の揺れによって直接もたらされる被害と、津波などによって二次的にもたらされるものがあります。南海トラフで大地震が発生したときに、日本各地に津波がいつどのように押し寄せるかについてのシミュレーション結果も示されました。東海地方では、静岡県の海岸沿いに数分で、渥美半島にも10分程度で押し寄せるものの、伊勢湾を遡上しきるには1時間程度かかるとのことでした。その理由は、津波が水深の浅いところほどゆっくり伝わるからなのだそうです。実は、西暦869年の貞観地震のときの津波堆積物の調査から、東日本大震災のものに匹敵するような津波が、東北地方の太平洋岸に過去に押し寄せていたことが昨年はっきり分かりかけていたそうです。この研究を行った研究者は、この研究結果がもう少し早く公開されていたら、死者の数を少しでも減らせたかもしれないと、きっと大変残念に思っているでしょう。ちなみに、これほどの規模の津波堆積物は、愛知県ではまだ見つかっていないそうですが、今後もしっかり調査する必要があるとのことでした。

内陸部では津波よりも地震による揺れの方に注意する必要があります。地盤が弱いところとそうでないところでは、同じ地震に対する揺れやすさの程度が大きく異なります。このような揺れやすさのマップを公開している地震ハザードステーション(J-SHIS)というインターネットサイトが紹介されました。ここにアクセスすれば、誰でも自分が住んでいる地域の“揺れやすさ”を検索することができます。揺れやすいところに住んでいる人は、そのことを常日頃認識して、建物の耐震補強工事を行ったり、家具の固定を行ったりして欲しい、という分かりやすいメッセージを受け取りました。もしかすると地震国日本には、絶対安全と言えるような場所はないのかもしれません。国民一人一人が防災に対する高い意識を持ち、各自行動できることを実行に移す、これしかないのかなあと御講演を聞いていて感じた次第です。山岡先生、大変充実したサイエンスカフェを、どうもごちそうさまでした。

文責:熊澤慶伯(名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科)

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