開催報告(第88回)

ヒッグス粒子の発見とさらなる新粒子を求めて

講師 : 戸本 誠(名古屋大学准教授 / 専門:素粒子物理学)
日時 : 2014年6月20日
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)


2013年のノーベル物理学賞は、すべての物質の質量の起源とされるヒッグス粒子の存在を理論的に予言したピーター ヒッグス氏と、フランソワ アングレール氏に授与されました。両氏がヒッグス粒子の存在を予言したのは1964年ですが、昨年になってようやく受賞に至ったのは、2012年7月、実験によってその存在が遂に実証されたからに他なりません。ヒッグス粒子を観測する実験は、スイス ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究所(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)にて、国際研究グループによって行われました。名古屋大学はこの実験に参加しており、その中心メンバーである戸本誠 准教授に、今回ヒッグス粒子検出実験の詳細をお話しして頂きました。ヒッグス粒子に対する社会の関心はとても高く、当日予想を上回る数多くの参加者があり、会場受付の対応が追い付かないほどでした。

最初に、ヒッグス粒子とは何かについて解説がありました。電子などの素粒子間に働く3つの力(電磁気力、強い力、弱い力)を記述するゲージ対称性という理論では、素粒子の質量(慣性質量)がゼロであることが要請されます。しかし現実には、既知の16種類の素粒子はそれぞれ大きく異なる特徴的な質量を持っています。この事実を説明するために導入された概念がヒッグス粒子とヒッグス場だそうです。その理論では、宇宙誕生時に素粒子の質量はすべてゼロだったが、宇宙が冷えるに従って空間がヒッグス場で満たされていくとともに素粒子が動きにくくなった(質量を持った)と考えます。このとき、素粒子の種類によってヒッグス場との相互作用が異なるために、素粒子の質量に差が生まれたと考えられています。素粒子物理学の理論は難しく、途中参加者から多くの質問がありましたが、戸本氏の説明は一般向けに分かりやすく工夫が凝らされており、ある程度理解することができました。

休憩をはさんで次に、ヒッグス粒子の存在をどうやったら検証できるのか、その具体的な実験方法について解説がありました。空間を満たすヒッグス場を直接観測することはできませんが、宇宙誕生直後の高エネルギー状態を実現することで、高いエネルギーを持つヒッグス粒子が別の素粒子へと変化(崩壊)していく様子を観測できるはずです。LHCでは、膨大な数の陽子を光速の99.999997%に加速して正面衝突させることで、8 TeV(温度に換算すると1017度)の高エネルギー状態を実現します。これは、誕生から10−12秒後の宇宙の状態に相当するそうです。衝突点から発生したヒッグス粒子を検出するための検出器(アトラス)は、バウムクーヘンのような構造を持ち、衝突によって発生した様々な素粒子の種類、エネルギー、運動量を精密に測定できるそうです。名古屋大学が建設したアトラスのμ粒子検出器の特徴について、詳しい説明がありました。ヒッグス粒子生成の確率は50億回の陽子衝突に対してたった1回程度と期待されますが、それ以外の衝突では関係ない多種多様な素粒子が膨大に発生するため、ヒッグス粒子の生成・崩壊に関係した素粒子だけを選り分けて精度よく検出することは大変難しかったそうです。

最後に、ヒッグス粒子発見の意義とこれからの素粒子物理学の展開についてお話がありました。発見されたヒッグス粒子の性質を、今後より詳しく調べていくことで、標準模型を超える大統一理論を構築するための新しい事実が明らかになっていくと期待されます。しかしそのためには、より高いエネルギーでの陽子衝突実験や、電子と陽電子を用いた衝突実験などが要求されます。それらの実験を実現するために予定されているLHCのアップグレード計画や国際リニアコライダー計画について紹介がありました。

冒頭で、戸本氏は2012年7月のヒッグス粒子の発見は革命であると仰っていましたが、革命の興奮の余波を肌で感じることのできる、白熱した2時間でした。この革命をきっかけに、今後、高エネルギー素粒子実験によって新たな発見が次々となされることを期待します。全体を通して参加者からは多くの質問があり、講演時間は2時間では物足りない印象でした。機会があれば、是非続編を開催したいものです。


青柳 忍(名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科)

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