開催報告(第96回)

リレートーク「がんと老化を知る」

話題提供者 :

日時 : 2015年2月20日
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)


 今回は、著名な研究者が3人も話をされるためか、参加希望者が多かったらしい。話を聞くことができた私は運がよかった(本当は、早く申し込んだだけなのだが…)。

 「エピジェネティクスって何?」というタイトルの北村先生のお話は、研究者がバンドを組んで演奏しているというところからはじまった。このバンド名「ネガティブセレクションズ」という言葉は、胸腺細胞の自己抗原認識細胞の負の選択に由来するのだそうだ。ふーんと思っていると、いつのまにか、遺伝子の基礎的な説明となり、そして、エピジェネティクスと呼ばれる現象—遺伝子に書き込まれていないのに遺伝する現象—へと移っていった。すべての細胞は同じ遺伝子情報を持っているが、細胞によってその発現の仕方が異なっている。ヒストンのメチル化が、この細胞毎の発現の違いをコントロールしているのだが、そのプログラムもリプログラミング可能だそうである。山中先生のiPS細胞というのは、このプログラムをリセットしているのだそうだ。ミツバチの女王蜂と働き蜂は同じ遺伝子を持っていながら、ローヤルゼリーを与えられて育つと女王蜂になるのは、エピジェネティクスの好例である。また、三毛猫の毛色の複雑な遺伝に対し、人間は、肌の色がちがっても皆同じ黒い色素を作る遺伝子を持っており、肌色の違いは、エピジェネティクスだと言う話も興味深かった。また、すべての病気は、遺伝子の発現パターンに異常を引き起こしており、この発現パターンの異常を直せれば、病気は治る、ということであった。

 2番手の稲葉先生は、巷でも関心の高いテーマ、福島原発事故後の甲状腺ガンについてのお話であった。チェルノブイリの事故では、数年後に一過性に白血病が増え、固形ガンは20年後から増え始め、いまだに増え続けているそうである。福島原発事故では、小児甲状腺等価線量は、チェルノブイリよりずっと少なかったので、見通しはそれほど悲観するものでもなさそうだということであった。長生きをすればするだけ、放っておいても遺伝子に傷が蓄積する。放射線を浴びることは、その分だけ傷を増やすことになるので、ガンが早く現れると考えるのだけれど、どうもガンになりやすい人となりにくい人がいるのではないかということであった。また、甲状腺ガンと前立腺ガンは、検査をすればするほど怪しいもの(潜在ガンと呼ぶ)がたくさんみつかるが、放置して手遅れになってしまうのは一部だそうで、過剰に恐れることはないらしい。何でもかんでも検査をして見つけることがよいのかどうか、というやや複雑な問題提起をされたように思う。ともかく、「事故直後の調査が行政により止められ、正確な情報が得られない現状では、ガンはそんなに増えないだろうと言ってしまうには慎重さが必要ではないか」との質問があったが、そうかもしれないと思った。私は、放射性セシウムによる低放射線長期被曝の影響について聞きたかったのだけれど、そちらについての話はなかった。本日のトークのタイトルが「ガンと老化を知る」なので、やむを得ないか。

 中西先生は、細胞老化の説明として、プログラム説(先天的に決まっている)と、エラー蓄積説(後天的に決まる)について、遺伝子のたった一カ所の変異により引き起こされる早老症の例と、カロリー制限による長生きの例を示され、どちらもありそうだという話であった。サーチュイン遺伝子という抗老化遺伝子が報告されているが、実は長寿遺伝子ではなかったという話は、「科学者の報告というものは、その後他の研究者たちにより検証されるまでは、必ずしも真実を見てはいないかもしれない」という教訓のような気がした。染色体の両端にテロメアという繰り返し配列があり、これが細胞分裂を繰り返す毎に減っていくのが細胞の寿命だという。DNAに傷を付ける刺激は、ガン化、老化のいずれをも促進すること、加齢はガンの最も重要な危険因子などという話を聞くと、老いたくはないという思いを強くした。どうやるのかよくわからなかったが、老化していく細胞を取り除いていると、明らかに老化が遅れるという報告があるそうだ。

 時間が余りなかったためか、参加者に遠慮があったのか、会場からはあまり質問はなかった。わからないことがまだまだあるような気がしたが、お話が上手すぎて聞いただけで何となくわかった気になってしまったのかもしれない。今日の3先生は、他の数十人の研究者と協力して、「細胞運命制御」という研究グループをつくり、文字通り、細胞の運命がどのようにして決まるのかを研究しておられるという。いつか、その成果が活用されて、私も元気で長生きができるようになれば、とちょっぴり期待してみた。


森山 昭彦(名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科)

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