開催報告(第102回)

ヒトも動物、動いてなんぼ
~進化を踏まえた健康づくり~

講師 : 髙石 鉄雄 氏(名古屋市立大学システム自然科学研究科・教授 / 専門:運動生理学、バイオメカニクス、健康科学)
日時 : 2015年8月21日
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)


 8月21日(金)、第102回サイエンスカフェが中区栄の7th Cafeにおいてが開催され、システム自然科学研究科教授 髙石鉄雄氏による話題提供が行われました。

 まず始めに、ヒトは今から700万年前にチンパンジーと別の進化をたどり、二足歩行と言語を獲得したことで他の動物にはない文明を築いたこと、そのいっぽうで日常生活の機械化や自動化、医療の高度化が進んだことで国民の肥満や形だけの長寿が進み、それらの結果生じた生活習慣病罹患者や要介護者の増加が国の経済を圧迫していることが問題点として示されました。次いで「みなさんの頭が疲れないうちに」との前置きの後に、高齢化の進む国では今後医療介護費の個人負担分増加が必至であること、それゆえに「健康づくり」に対して一人一人がこれまで以上に真剣に取り組む必要があることなどが強調され、そのためには、「生きていること」を身体が生理学的に認識できるようなストレスを普段から身体に与えることが重要であるとの本講演の要点が紹介されました。

 次に、日本人が亡くなる原因(死因)と要介護に至る原因を基に、「健康づくり」の方向性には、① 大血管系障害につながる動脈硬化の予防、②起居・移動能力の維持、③認知症の予防の3つがあり、その中のどれかにつながってはじめて「健康づくり」と言えることが示されました。①では、頸動脈にできたアテローム性動脈硬化を切開切除する様子、血栓により心室部分に血液が流れないまま拍動を続ける心臓の様子などが動画を使って紹介され、過食や運動不足に伴う血管内のLDLコレステロール、中性脂肪、血糖の増加などが動脈硬化や血栓の形成につながるメカニズムがアニメーションを多用したスライドによって分かりやすく解説されました。運動の強さが不十分であれば血液検査値にその効果が表れないことが一日1万歩、週に5日歩いている高齢者のデータを使って示され、参加者たちは、大きな衝撃を受けている様子でした。また、脳血管障害には動脈硬化による脳梗塞以外にも「脳出血」があり、進化の過程で脳の中の手と口に関わる運動指令領域を発達させたヒトでは、そのことによって脳の血流が大幅に増加したこと、そのいっぽうで脳内の血管が心臓や四肢の血管のように厚くならなかったこと、その結果として脳血管破裂のリスクを上昇したこと、などが「病の紀元」としてNHKにより制作された動画のカットにより音声とともに紹介され、ヒトではこのような脳血管障害の潜在的リスクをもっていることから、できるだけ高血圧の発症を避ける必要があるとの説明を参加者たちは真剣な表情で聞き入っていました。

 約10分間の休憩に続き、②の起居・移動能力を妨げる要因について、ヒトは二足歩行により腰部ヘルニア、脊柱管狭窄症、腰椎圧迫骨折などのリスクを抱え込んだこと、高齢者では下肢(後肢)の内転筋群が加齢とともに衰えることで変形性膝関節炎を誘発し、近年見られる歩行機能障害の大きな原因になっていること、平地を歩くだけでは脚筋力が保たれないことなどが順に紹介されました。生涯にわたる身体的自立には、背筋と腹筋の筋力および脚筋力を保つことが重要とのことで、階段上りは脚筋力の向上、階段下りは大腿骨頚部の骨密度上昇につながるとのことで、普段から積極的に階段歩行を取り入れることは大いにメリットがあるようです。2012年の段階で平均寿命は男79.9歳、女86.4歳ですが、平均余命に関わる資料によれば、65歳まで生きた男女では平均的に83.9歳と88.9歳、75歳まで生きた男女では86.6歳と90.4歳まで生きるとのことで、そこまで見越して身体諸機能を保つよう普段から心掛けて行動しなければ、要介護や寝たきりとなるリスクがあることを聞いた参加者は、その事実に大いに驚いた様子でした。

 最後は、「ヒトも動物である以上、動くことで身体諸機能が保たれる。ほとんど身体を使わなくても生きられるわが国で高齢になっても元気でいるには、それなりの覚悟と努力が必要」との言葉で締めくくられましたが、話題提供者は片付けとエレベータを待つ20分ほどの間も残っていた5-6名からの質問を受け続け、あらためて健康づくりについての関心の高さを感じるサイエンスカフェとなりました。


髙石 鉄雄(名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科)

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