開催報告(第110回)

電子はめぐる
~自転する電子がもたらす恵み~

講師 : 徳光 昭夫 氏(名古屋市立大学・准教授 / 専門:物性理論)
日時 : 2016年06月17日
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)


 第110回のサイエンスカフェは「電子はめぐる」という題目で、名古屋栄のナディアパーク7th Cafeで催されました。参加者は49名で、熟年以降の方が多めでしたが、若い人も少なくありませんでした。

 まずは電子とスピンの発見の歴史をたどりました。ナトリウム原子からのスペクトルに僅かな分裂が見つかり,それをどのように説明するかの苦闘の末に,自転する電子というアイデアが生まれました。自転するという性質を「スピン」と呼び,スピンがもたらす磁気的性質によってスペクトルの分裂が説明されました。また,スピンの理論づけは相対性理論を取り入れたディラック方程式によって裏付けられたことをお話しました。付随して,ディラック方程式では「反粒子」が予言され,反粒子は今ではPETとして医療に利用されていることもお話しました。

 次に、電子の振舞を決める重要な法則であるパウリの排他律を解説しました。この強い制限によって,原子や分子の電子がスピンの向きを揃えたり,反対向きになったりという現象が起きることを説明しました。

 スピンがたくさん集まると,各スピンが秩序だって並ぶ磁気秩序が発生します。磁気秩序には磁石でお馴染みのスピンが同じ向きを向く強磁性の他に,秩序の無い常磁性,スピンが互い違いに向く反強磁性などがあることをお話しました。秩序は高温で乱されること,異なる向きの秩序領域同士の境目には,秩序がゆるやかに変化する領域があることを,磁気的な秩序(特に反強磁性)は慣れないとイメージが難しいので、磁気観察シートを使って日常的に使う磁石のS極とN極がどのような並びになっているか、見てもらいました。意識せずに使っていた磁石にも、いろいろな磁気パターンがあることが分かり、意外に思われた方が多かったようです。

 最後にスピンの性質が現実に利用されている例を3つ紹介しました。1つめは,分子の構造と性質がわかる核磁気共鳴と,その医療への応用であるMRIです。これはスピンが単に磁石ではなく「回っている」という性質を持つため,コマと同じように首振りをする性質を利用したものです。2つめは,微細加工によって可能となった,スピンの流れを制御する技術を利用する,スピントロニクスと呼ばれる分野です。磁気秩序によって変わる電気抵抗から磁気情報を読み取る技術はすでにハードディスクのヘッドに利用されています。電流によって磁気秩序を変えることで,秩序の状態をメモリとして利用する試みがなされています。3つめは,量子情報と呼ばれる情報分野です。スピンがどちらを向いているかは測定によって変わるという,古典的には考えられない量子の不思議な性質を利用して,安全な暗号や高速な計算に関する研究が盛んに行われている現状を紹介しました。

 途中の休憩前と最後に、質問が多数寄せられました。電子の単純なモデルと実際の性質には差があり、理解するのに難しい点もありましたが、スピンという性質がもたらす恵みを知らぬ間に受けていることに気付いていただけたのではないかと思います。


徳光 昭夫(名古屋市立大学システム自然科学研究科)

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