開催報告(第111回)

12分割の「音学」
〜なぜ1オクターブを12音に分けるのか〜

講師 : 田中 豪 氏(名古屋市立大学・准教授 / 専門:画像処理)
日時 : 2016年07月15日
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)


 今回は、サイエンスカフェでは珍しいテーマだと思いますが、音楽に関する話題を提供させて頂きました。ピアノの1オクターブには七つの白鍵(ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ)と五つの黒鍵(ド♯・レ♯・ファ♯・ソ♯・ラ♯)があります。つまり、西洋音楽(クラシック、ジャズ、ポップスなど)では1オクターブは12の音に分かれています。しかし、インド音楽では1オクターブは22の音に分割されるなど、12分割以外の方法も可能です。なぜ、西洋音楽では1オクターブを12分割するのでしょうか。更に、12分割といっても平均律や純正律、中全音律など、さまざまな音律(分割方法)があります。音の周波数(数学的関係)と人の感じる協和について、ギリシア時代のピタゴラスに端を発する西洋音楽の音律の根拠についてのお話をしました。

 まず、前半は音楽用語についてお話し、後半のための知識の整理をしました。ドとド♯、ド♯とレのように、西洋音楽における最小単位の音高差(音程)を「半音」といいます。また、ドとレのように2半音からなる音程を「全音」といいます。西洋音楽で主に使用される音階には長音階と短音階があります。「全音・全音・半音・全音・全音・全音・半音」という間隔で音を並べると明るく響く長音階、「全音・半音・全音・全音・半音・全音・全音」という間隔で音を並べると暗い響きの短音階となります。楽曲の「調性」は、中心となる音と音階の組合せで決まります。ド(日本式音名は「ハ」)から始めた長音階「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」で構成されるのがハ長調、ソ(日本式音名は「ト」)から始めた長音階「ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ♯・ソ」で構成されるのがト長調、ラ(日本式音名は「イ」)から始めた短音階「ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ」で構成されるのがイ短調といった具合です。

 音階・調性は、ド・ド♯・レ・…・シの12音からどのような音を選んで並べるかで決まります。それに対して音律は、ド・ド♯・レ・…・シのそれぞれをどのような音高(周波数)にするかを定めるものです。

 後半は、音の周波数と人の感じる協和、その結果導かれる音律についてお話ししました。音には高さ・大きさ・音色の3要素がありますが、今回は音の高さが考える対象です。音の正体は空気の振動であり、我々はそれを耳(鼓膜)で知覚しています。1秒間あたりの空気の振動回数を周波数といいます。音の高さは周波数と対応しており、周波数が大きいほど高い音として知覚されます。ヒトの聴覚の特徴として、まず、周波数の差よりも比に敏感であるということがあります。また、簡単な周波数比の音同士は協和(調和)して聴こえます。特に、周波数比が1:2の関係にある音程をオクターブといいますが、オクターブの音程はよく似ているという「オクターブ等価性」があります。なお、今回の話題で大切な音程に完全5度(7半音)と長3度(4半音)があります。完全5度はよく協和するので完全協和音程、長3度は完全5度ほどではありませんが協和するので不完全協和音程と呼ばれます。

 完全5度は周波数比が2:3の音程であり、1オクターブの中(1:2未満の比率)では最も簡単な整数比の音です。ピタゴラスはこれを基準にして、ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ→ファ♯→ド♯→ソ♯→レ♯→ラ♯→ファ→ドと完全5度の関係の順番に音高(現代の言葉でいえば周波数)を定めていきました。なお、上記の音列の三つ目に出てくるレは「1オクターブ高いレ」ですが、オクターブ等価性により1オクターブ下げて考えます。「最初のド」と「最後のド」の周波数比は1:2.027…であり、これを1:2である(1オクターブ上の音に一致した)とみなして終了します。このようにしてできたのがピタゴラス音律です。2.027…を2とみなすことによる少しの誤差(これをピタゴラスのコンマといいます)はありますが、12回の操作でオクターブの分割が終了します。オクターブを12分割するのは、完全協和音程である完全5度を基準にしたことに依っています。

 ところで、ピタゴラス音律には悩ましい点があります。長3度の周波数比が64:81となり、単純な整数比とはいえず、実際響きがよくありません。これはドとミの響きが悪いということで、西洋音楽で基本的な長三和音(ドミソの和音)の響きが悪いということです。ところで、64:81は4:5.0625と書けます。これは4:5に近いです。そこで、長3度の周波数比が4:5となるように音を定めることが考えられました。この音律を純正律といいます。

 ピタゴラス音律における長3度の響きを改善したのが純正律ですが、純正律も万能ではありません。曲の途中で調性を変えることを転調といいますが、純正律では自由な転調ができません。例えば、純正律によるハ長調用の調律のままでは、ニ長調としたときに主要な和音の中に「響きの悪い完全5度(ウルフの五度)」が含まれてしまいます。合唱では歌手が臨機応変に対応することで「純正律での転調」が可能ですが、鍵盤楽器ではそのような即座の調律が不可能です。転調可能な調律を目指してさまざまな音律が作られました。その中の一つに平均律があります。これは、1オクターブ内の12の半音の周波数比を全て等しくするものです。これは、ピタゴラスのコンマを12の半音に均等に割り付けたものといえます。ウルフの五度はなくなりますが、その代わり、どの完全5度・長3度も周波数比が簡単な整数比にならず、少し濁った響きになります。

 いずれの音律にも長所・短所がありますが、19世紀以降、平均律を標準的な調律法とする鍵盤楽器であるピアノが普及するにつれて、西洋音楽(特に器楽)では平均律以外の音律が使われなくなり、現在に至ります。以上が当日のお話の内容でした。

 当日は多くの方にご来場頂きありがとうございました。会場がいっぱいになり、席も少し窮屈だったかもしれませんが、熱気のある会場であったと思います。音は後ろの席まで聴こえたようで安心しました。

 各時代の西洋音楽のサンプル音楽も用意していたのですが、時間が足りずかけることができず残念でした。中世の音楽はピタゴラス音律で奏でられたと考えられますが、そのため、和音は完全5度が主体となっています。長3度は不協和な音と考えられ、好んで用いられることはありませんでした。完全5度は、ドミソの和音との対応でいえば、ピタゴラス音律において響きの悪いミを抜いた和音といえます。ドミソの和音に慣れた現代人が聴くと新鮮な響きがすると思います。時代が下がるにつれて長3度が認められるようになり、現代では(不完全という修飾語はつきますが)協和音程として認められています。そういった観点で各時代の音楽を聴いてみるのも面白いかと思います。


田中 豪(名古屋市立大学システム自然科学研究科)

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