開催報告(第119回)

電子スピンのはたらき
〜機能性材料から生体物質まで〜

講師 : 中村 敏和 氏(分子科学研究所・准教授 一般社団法人 電子スピンサイエンス学会・会長 / 専門:物性物理学)
日時 : 2017年04月21日
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)


 今回のサイエンス・カフェは、愛知県岡崎市にある分子科学研究所の中村敏和先生にお願いしました。中村先生は、磁石と電磁波を使って、原子核や電子の状態を調べる実験手法である磁気共鳴法(特に電子スピン共鳴)をご専門とし、材料から生体物質に至る多様な試料を研究対象として、広い分野で活躍されている著名な研究者です。

 前半は、ご自身の生い立ちに始まり、分子科学研究所やご自身の研究室を紹介された後、電子の性質や磁気共鳴法の原理と応用例について、わかりやすく説明していただきました。身近な応用例としては、食品の鮮度や劣化機構を調べるのに、磁気共鳴法を用いられているとのことです。ドイツではBeer Analyzerと銘打って、ビールの鮮度を調べるのに特化した磁気共鳴装置が販売されているそうです。磁気共鳴法は医療分野では、大活躍しています。体の断層写真を撮影できるMRIは、磁気共鳴法を応用した医療機器で、磁気共鳴法の中で、特に電子スピン共鳴法は、老化や様々な病気の原因と言われている活性酸素やフリーラジカルを捉えるのが得意で、今後、老化現象や病気の分子メカニズムがこの実験手法の進展により明らかにされ、難病の治癒に貢献できるのではないか、と思いました。この他、磁気共鳴法を使った活断層の年代測定に関する研究が紹介されました。今回のサイエンス・カフェを拝聴し、磁気共鳴法が我々にとって非常に強力かつ有用であることを改めて痛感した次第です。

 後半は中村先生のご専門である、固体物性研究の最先端について、電気伝導を中心にお話いただきました。金属(アルミなど)と絶縁体(瀬戸物)とで、電気抵抗が劇的に異なる理由を、箱の中にある複数のボールを電子に例にして説明されました。絶縁体の電子は、ボールが箱にぎっしり詰まっている状態で、身動きが取れなくなっているために電気が流れなくなっている一方、金属では、ボールが箱に疎らに入っている状態で、ボールとボールとの間に隙間があるために、箱を揺するとボールがたやすく動くことができることと対応している、という例えは非常にわかりやすかったです。また、電気抵抗が発生するメカニズムを、縁日のスマートボールに例えておられました。電子が杭に当たってまっすぐ進むことができないことが抵抗の原因となるが、本当は、格子の振動が原因だから厳密には正しくない、とおっしゃいました。私見では、杭のサイズが温度によって変わると考えると、スマートボールの例えはあながち間違っていないのではないかと思いました。さらに、会場まで持参していただいた液体窒素を使って金属や半導体を冷やし、室温と液体窒素温度(-196 ?C)とで電気抵抗がどのように変わるかを実際に実験していただきました。金属と半導体の違いは電気抵抗の大小ではなく、電気抵抗の温度依存性で区別する、ということは意外と知られていない知識だと思います。超伝導についても紹介され、高温超伝導体によるマイスナー効果を実演していただきました。後方の座席の方には見えづらかったのではないかと思いますが、このような演示実験を分かりやすい説明のあとに拝見すると、非常に痛快で、不思議な感じがしました。

 最後に、最近発見されたすごい現象について、ほんの少しだけ紹介していただきました。権威ある学術誌に投稿中で、トップシークレットということもあり、講演後にこっそりと聞き出そうとしたものの、詳細を教えてもらえませんでした。非常に気になるところですが、今後、論文の公開を心待ちにしております。

 今回のサイエンス・カフェは内容が盛りだくさんで、どれも非常に興味深いものばかりでした。もっと時間があれば、じっくりと伺うことができたのに、と思いました。最後に、ご担当いただいた中村先生と会場に足をお運びいただいた方々にお礼申し上げます。


藤田 渉(成蹊大学理工学部)

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