開催報告(第125回)

放射線被曝による健康リスクを考える
~福島原発事故から6年~

講師:大沼 淳一 氏(原子力市民委員、元・愛知県環境調査センター主任研究員 / 専門:環境学(環境化学、環境生物学、環境社会学))
日時 : 2017年10月20日(金)
会場 : 7th Cafe (中区栄・ナディアパーク7階)

福島原発事故がもたらした放射能汚染の影響は17都県に及んでいる。福島事故後に誕生した100を超える市民放射能測定所のうち、33測定所がつながって「みんなのデータサイト」が発足した。各測定所の測定値を共通のWEBサイトで誰もがフリーで検索したりダウンロードしたりできる。発足当初は食品測定が中心であったが、2年前から「東日本土壌ベクレル測定プロジェクト」を開始し、土壌汚染マップを作成した。この地図によれば、チェルノブイリ原発事故後に制定されたチェルノブイリ法による汚染区分で移住の権利が保障されている年間1mSv以上あるいは18万5千Bq/m2以上に相当する汚染域は、政府が指定した避難指示区域以外に、福島県中通り、宮城県南部、栃木県北部、茨城県南部、千葉県西部、岩手県南部などにも分布していることがわかった。しかし、福島原発事故直後に非常事態宣言のもとで政府が行った汚染地域区分の境界線は年間20mSvであり、この非人道的な被曝限度は現在も継続していて、これよりも線量が下がった地域では汚染地域指定が解除され、帰還の圧力が避難者にかけられている。18歳以下の作業や飲食が禁止されている放射線管理区域の基準が1.3mSv/3か月であることと比べても、この基準の異様さがわかる。

無防備で高濃度汚染域で暮らす100万人以上の人々は低線量被曝とそれによる健康被害リスクにさらされている。これについて「専門家の間でも意見が分かれていてよくわからない」とされることが多いが、それは違う。原因と結果を結ぶ糸「因果律」が不確実性の霧の中にあるために、被害の実態も明らかにされないし損害賠償請求も難しいのである。原子力ムラの専門家が100mSv以下ではエヴィデンスがないということが多いが、それも偽りである。「因果律」が明確でない毒物は放射能に限らない。水俣病の原因となった有機水銀でも因果律が明確でないことを理由に、95%以上の患者さんが認定されずに、泣き寝入りにさせられている。

低線量被曝による健康被害については、広島・長崎の被爆者を長期間観察した膨大なデータの解析から、ICRPはLNT仮説に基づく一般人の被曝限度を年間1mSvとすることを勧告し、日本の国内法もこれに従っている。この勧告によれば、年間1mSvの被曝は、100万分の50の発がんリスクに相当し、発がん性化学物質の基準を設定する時のリスク設定が100万分の1~10であるのと比べると、5~50倍大きい。年間20mSvでは100万分の1000であるから、100~1000倍も大きなリスクを強要している、まさに非人道的な基準であることがお分かり頂けるであろう。

なぜこのような不条理がまかり通るのであろうか。それには、保健物理学という学問全体が安保理事会で拒否権を有する5つの核大国の支配下にあるという特殊事情を知る必要がある。WHOでさえも、安保理事会傘下のIAEAによって低線量被曝による健康被害の問題に立ち入らないように制限を受けている。

超党派の議員提案で満場一致で可決された「子ども被災者支援法」が官僚のサボタージュによって機能していない。その第2条には、放射能汚染地域の住民の自己決定権に基づく避難の権利が定められている。しかし、現実にはふるさと復興の名のもとに、帰還だけが強調されて、避難者支援策は次々と打ち切られつつある。

最後に、不確実性について述べる。近代科学技術の目覚ましい発展によって、科学によって解明されないものはないという思い込み、あるいは神話が根強いが、実は「科学によって問うことはできるが、科学によって答えることができない問題群からなる領域」が大きく広がっている。このことをA. ワインバーグが指摘したのは1972年だった。因果律が不鮮明となる発がん物質のような慢性毒性を持つ物質あるいは放射線に対して、リスクすなわち確率の管理によって集団の健康の管理をしなければならなくなっているのは、まさに人類が不確実領域に踏み込んでしまっているからである。

この不確実領域あるいは不可知領域においては、科学者は市民に対して対等の立場で、双方向性の対話を通じて、科学の進むべき方向について謙虚に市民の意見を聞く必要がある。しかし現実には、双方向性であるべきリスクコミュニケーションの場が、低線量被曝を軽んじる専門家による市民説得の場と化している。福島原発事故で崩壊したかに見えた専門家の権威性が復活し、草の根権威主義がはびこる残念な展開となっている。

サイエンスカフェらしく、参加者とのやり取りができるものをと思いながら、結局、一方通行の講義スタイルになってしまいました。リスク管理手法の欠点を補うものとして「予防原則」がリオで開催された地球環境サミットでアジェンダに取り入れられましたが、ペース配分の悪さから詳しくふれる時間がなくなったのも失敗でした。


大沼 淳一 氏 (原子力市民委員会委員・市民放射能測定センター(Cラボ)運営委員)

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