結晶の成長とステップ・ダイナミクス

動画:溶液成長するヨウ化カドミウム結晶表面の顕微鏡その場観察(山﨑智也氏による撮影)。多数のステップが結晶表面を広がっている様子が分かる。

結晶表面を原子レベルで観察すると,原子レベルの高さの小さな階段(ステップ)が見られます。環境相(気相,溶液相,融液相)を漂っていた原子がステップに吸着すると,ステップが前進し,結晶面を覆っていきます(動画参照)。ひとつのステップが結晶面を覆い尽くすと,ステップの高さ分だけ,結晶面が上に成長したことになります。このような成長様式を層成長といいます。

本研究室では,結晶表面におけるステップ・ダイナミクスを理論的に研究しています。特に,以下のテーマに関して,解析的手法,及び,数値的手法を用いた研究を行なっています。

らせん成長

図:フェーズフィールド法によるらせん成長丘の数値計算結果。JAVAアプレットで計算できます。

結晶表面にらせん転位が露出していると,そこが永続的なステップ供給源となり,らせん転位を頂点とする丘(成長丘)が形成されます。ステップはらせん転位を中心に渦を巻くことで,スパイラル・ステップとなります。スパイラル・ステップの間隔やステップの前進速度がどのように過飽和度に依存するのかは理論的に分かっていますので,らせん転位がひとつだけ存在する場合は,結晶の面成長速度を予想するのは比較的簡単です。

しかし,実際の結晶表面では,2つ,もしくはそれ以上のらせん転位が同時に露出しています。すると,らせん転位同士の「相互作用」を考慮しなければならないため,結晶の面成長速度を定量的に予想するのは困難です。そこで,多数のらせん転位を同時に扱うことができ,かつ,ステップ前進速度を正確に再現することができる数値計算手法を開発しました(H. Miura & R. Kobayashi, 2015, Crystal Growth & Design, 15(5), 2165-2175)。これにより,らせん転位群が作り出す複雑なステップの時間発展を定量的に計算し,かつ,ステップ・パターンの時間発展を可視化できるようになりました。

不純物によるステップのピン止め効果

図:結晶表面のステップ・ダイナミクスと吸着不純物の相互作用。ステップの前進は不純物によって妨げられる。一方で,不純物はステップ通過によってテラスから排除される。

自然界で結晶が成長するときは,必ずと言ってよいほど,不純物が存在します。ここで不純物とは,本来は結晶内に組み込まれない原子や分子のことです。不純物の存在は,結晶の形態や特性に大きな影響を及ぼします。例えば,生体鉱物(バイオミネラル)などは,無機結晶が成長する際に有機分子が不純物として作用し,特異な形態や機能性を持つようになったと考えられています。

良く知られている不純物効果のひとつに,「ステップのピン止め効果」があります。不純物分子が結晶表面に吸着すると,その場所でステップ前進が妨げられ,ステップが曲げられます(右図)。曲がったステップはその曲率効果によって前進速度が低下するため,全体として層成長が妨げられることになります。吸着不純物が,あたかもピンのようにステップ前進を妨げることから,「ピン止め効果(pinning effect)」と呼ばれています。

このピン止め効果と,不純物脱吸着カイネティクスを考慮すると,面白いことが分かりました。ピン止め効果は,吸着不純物が多くなるほどステップ前進を抑制する作用です。一方で,結晶表面をステップが頻繁に通り過ぎる場合は,ステップ通過によって吸着不純物が排除され,表面をクリーン(impurity free)に保とうとします。つまり,吸着不純物がステップ前進を妨げると同時に,ステップ前進が不純物吸着を妨げるという「相互依存」のシステムになっているのです。吸着不純物密度とステップ前進速度の相互依存関係を定式化し,定常成長解を求めたところ,ある過飽和度に対して複数の解が存在することが分かりました。これは,過飽和度のわずかな変化に対してステップ前進速度が突然変化する可能性(カタストロフィック変化)を示唆しています(下図)。さらに,過飽和度を小さくしながらステップ前進速度を測定した場合と,逆に過飽和度を大きくしながら測定した場合とで,異なった履歴になることをも意味します(成長ヒステリシス)。このような非線形現象は実際の結晶においても観察されており,本モデルはその原因を明快に説明します(H. Miura & K. Tsukamoto, 2013,Crystal Growth & Design 13(8), 3588-3595)。

ステップ・ダイナミクスと不純物脱吸着過程の相互作用

現在,ステップ・ダイナミクスと,結晶表面への不純物脱吸着カイネティクスを同時に扱う数値計算に取り組んでいます。これにより,2013年に国際論文誌Crystal Growth & Designに発表した「不純物効果によるステップ前進速度のカタストロフィック変化」のモデルの検証を行ないます。

まず,結晶表面に吸着した不純物が動かない場合(immobile impurities)に,ピン止め効果を正しく再現できるモデルを作成しました。本モデルは,ステップ前進が完全に停止する条件(CV条件)を再現しました。また,吸着不純物が結晶表面に格子状に規則配列している場合の平均ステップ前進速度が,過去に提案された2つの解析的な式のいずれからもわずかにズレることを見出しました。また,不純物がランダムに吸着した場合のステップ停止条件が,吸着不純物の配列によって大きく変わることを示しました(H. Miura, 2015, Crystal Growth & Design 15(8), 4142-4148)。

最終更新日:2015年10月2日