鉱物の分別結晶作用

氷は塩を嫌う

例えば,水が氷になる過程を考えてみましょう。このときは,H2O という分子が,水というランダム配列状態から,結晶という規則配列状態へと変わるだけなので,物質の移動は起こりません。しかし,下図のように,氷が食塩水の中で成長する過程を考えるとどうでしょう。塩分は氷の中にはほとんど入りません。よって,氷の成長と共に,周囲の溶液の食塩濃度はどんどん上昇します。このように,一般的に結晶成長は周囲の環境の変化を伴うのです。固相と液相に別々の元素が分配されながら結晶化する過程を「分別結晶化」と呼びます。

マグマ中での鉱物形成

マグマが冷えると,その中でかんらん石や輝石,斜長石などの鉱物が結晶化します。この過程ももちろん,分別結晶化です。マグマに含まれる成分のうち,もっとも重要だと考えられているのが SiO2 の含有量です。例えば,かんらん石は 33 mol% の SiO2 を含みます。これ以上の余分な SiO2 はかんらん石に入りません。よって,かんらん石が成長すると,かんらん石に入れなかった余分な SiO2 が周囲のマグマに濃集していくことになります。

また,SiO2 の他にも,FeO,CaO,Na2O,K2O などはかんらん石に比較的入りにくいことが知られています。これらの成分も,かんらん石の成長に伴って,周囲のマグマに濃集することになります。マグマの中での鉱物形成は,多成分の元素の分配を伴う極めて複雑な過程なのです。

鉱物の急成長と濃度拡散層

では,分別結晶化によって鉱物の外にはじき出された成分は,マグマ中に均等に広がるのでしょうか。答えはイエス,ただし,それは鉱物の成長が十分に遅い場合に限ります。鉱物からマグマにはじき出された成分は,拡散や対流によって鉱物から離れた領域に運ばれます。よって,マグマ全体に行き渡るには一定の時間がかかります。つまり,上の答えは,この時間と比べて鉱物の成長時間が十分に長い場合に限るということです。

では,鉱物の成長が速い場合はどうなるか。このとき,はじき出された成分がマグマ中に行き渡る前に,次の成分が鉱物からはじき出されます。この結果,右図に示すとおり,成長する鉱物の近くに成分が濃集することになります。成分が濃集したこの領域のことを「濃度拡散層」と呼びます。

濃度拡散層が形成するような条件では,濃度拡散層がない場合とは以下のような違いがあると考えられています。

  • 本来鉱物に取り込まれにくい成分が多く取り込まれる。
  • 鉱物内の組成不均質を累帯構造と呼ぶ。濃度拡散層が生じるほどの急成長の場合,遅い成長の場合と比べ,より組成変化の急な累帯構造が形成する。
  • 濃度拡散層の広さは,各成分の拡散係数に依存する。同じ成分でも,異なる同位体の場合は拡散係数が異なるため,同位体分別が生じる。
  • 液相中に濃度勾配が生じることで,結晶化駆動力が鉱物表面からの距離に応じて変化する。これにより,平らな鉱物表面に生じた微小な凹凸が時間とともに増幅し(←界面不安定),樹枝状結晶などの複雑な形態を作り出す。

このような鉱物の急成長は,地上であれば火山噴火に伴うマグマの急冷過程,宇宙であればコンドリュールメルト凝固において起きるでしょう。このような場合には,濃度拡散層が生じることを考慮に入れて,鉱物形成過程を研究する必要があります。

本研究室の取り組み

本研究室では,濃度拡散層が鉱物形成に果たす役割を明らかにするため,フェーズフィールド法と呼ばれる数理モデルに基づいた数値計算を行なっています。フェーズフィールド法は,主に合金凝固の分野において発展してきた現象論的な計算手法です。多成分系の元素分配や結晶化潜熱の発生に加え,樹枝状結晶のような複雑な形状の結晶成長を扱うことが可能です。

  • 二成分系における定比組成結晶を扱うことが可能なフェーズ・フィールド方程式の定式化(H. Miura, 2018, Phys. Rev. E, 98, 023311)