結晶表面のダイナミクス

結晶の層成長

結晶は,その周囲に存在する原子や分子が,結晶表面にくっつくことによって成長します。では,結晶表面であればどこでも原子を取り込むことができるかというと,そういうわけではありません。一見平らに見える結晶表面ですが,そこには原子レベルの高さの小さな階段(ステップ)があり,原子はステップが折れ曲がったところ(キンク)に優先的に取り込まれていきます。原子がキンクに連続的に取り込まれることにより,ステップが前進し,結晶面を覆っていきます(以下の動画参照)。ひとつのステップが結晶面を覆い尽くすと,ステップの高さ分だけ,結晶面が上に成長したことになります。これを「層成長」といいます。

 

 

ステップ・ダイナミクス

結晶に原子が取り込まれる過程は,ステップの前進という形で現れます。よって,ステップの挙動を理解すれば,結晶成長速度を求めることができます。

  • ステップはどのように供給されるのか?
  • ステップの前進速度は? 方向によって速度は変わるのか?
  • 不純物によってどのような影響を受けるのか?

結晶成長を理解するには,ステップの力学(ステップ・ダイナミクス)を調べることが重要です。本研究室では,結晶表面におけるステップ・ダイナミクスを理論的に研究しています。

らせん成長

結晶表面にらせん転位が露出していると,そこが永続的なステップ供給源となり,らせん転位を頂点とする丘(成長丘)が形成されます。ステップはらせん転位を中心に渦を巻くことで,スパイラル・ステップとなります(動画参照)。スパイラル・ステップの間隔やステップの前進速度がどのように過飽和度に依存するのかは理論的に分かっていますので,らせん転位がひとつだけ存在する場合は,結晶の面成長速度を予想するのは比較的簡単です。

 

 

しかし,実際の結晶表面では,2つ,もしくはそれ以上のらせん転位が同時に露出していることがあります。すると,らせん転位同士の「相互作用」を考慮しなければならないため,結晶の面成長速度を定量的に予想するのは困難です。そこで,多数のらせん転位を同時に扱うことができ,かつ,ステップ前進速度を正確に再現することができる数値計算手法を開発しました(H. Miura & R. Kobayashi, 2015, Crystal Growth & Design, 15(5), 2165-2175)。これにより,らせん転位群が作り出す複雑なステップの時間発展を定量的に計算し,かつ,ステップ・パターンの時間発展を可視化できるようになりました。

不純物によるステップのピン止め効果

自然界で結晶が成長するときは,必ずと言ってよいほど,不純物が存在します。ここで不純物とは,本来は結晶内に組み込まれない原子や分子のことです。不純物の存在は,結晶の形態や特性に大きな影響を及ぼします。例えば,生体鉱物(バイオミネラル)などは,無機結晶が成長する際に有機分子が不純物として作用し,特異な形態や機能性を持つようになったと考えられています。

良く知られている不純物効果のひとつに,「ステップのピン止め効果」があります。不純物分子が結晶表面に吸着すると,その場所でステップ前進が妨げられ,ステップが曲げられます(下図参照)。曲がったステップはその曲率効果によって前進速度が低下するため,全体として層成長が妨げられることになります。吸着不純物が,あたかもピンのようにステップ前進を妨げることから,「ピン止め効果(pinning effect)」と呼ばれています。

ピン止め効果をコンピュータ上で再現するため,結晶表面に吸着した不純物が動かない場合(immobile impurities)に,ピン止め効果を正しく再現できる数理モデルを作成しました。これを用いて,吸着不純物が結晶表面に格子状に規則配列している場合の平均ステップ前進速度が,過去に提案された2つの解析的な式のいずれからもわずかにズレることを見出しました。また,不純物がランダムに吸着した場合のステップ停止条件が,吸着不純物の配列によって大きく変わることを示しました(H. Miura, 2015, Crystal Growth & Design 15(8), 4142-4148)。

成長ヒステリシス

結晶表面では,不純物は脱離や吸着を繰り返します。上述のピン止め効果と不純物脱吸着カイネティクスを同時に考慮すると,面白いことが分かりました。ピン止め効果は,吸着不純物が多くなるほどステップ前進を抑制する作用です。一方で,結晶表面をステップが頻繁に通り過ぎる場合は,ステップ通過によって吸着不純物が排除され,表面をクリーン(impurity-free)に保とうとします。つまり,吸着不純物がステップ前進を妨げると同時に,ステップ前進が不純物吸着を妨げるという「相互依存」のシステムになっているのです。吸着不純物密度とステップ前進速度の相互依存関係を定式化し,定常成長解を求めたところ,ある過飽和度に対して複数の解が存在することが分かりました(下図参照)。これは,過飽和度のわずかな変化に対してステップ前進速度が突然変化する可能性(カタストロフィック変化)を示唆しています。さらに,過飽和度を小さくしながらステップ前進速度を測定した場合と,逆に過飽和度を大きくしながら測定した場合とで,異なった履歴になることをも意味します(成長ヒステリシス)。このような非線形現象は実際の結晶成長においても観察されており,本モデルはその原因を明快に説明します(H. Miura & K. Tsukamoto, 2013,Crystal Growth & Design 13(8), 3588-3595)。

上の図で示したヒステリシスのモデルは「平均場近似」に基づいていました。つまり,結晶成長に関する様々な物理量(ステップ前進速度,吸着不純物の密度,ステップ間隔など)を,時間・空間的に平均化して扱ったのです。しかし,実際の結晶成長においては,これらの物理量は空間的に一様ではありませんし,時間的に変動もします。変動を含む系において,平均場近似の予想どおりに成長ヒステリシスが現れるのかどうかは明らかではありませんでした。

そこで,不純物がランダムに結晶表面に脱離吸着する過程をモンテカルロ法によってモデル化し,ステップ・ダイナミクスの数値計算と組み合わせてみました。過飽和度を周期的に変化させたときのステップ前進速度の変化を調べてみると,過飽和度減少時と増加時において,その履歴が異なることが示されました(ヒステリシスの再現)。再現されたヒステリシスは,平均場理論の予想とよく一致しました(H. Miura, 2016, Crystal Growth & Design, 16(4), 2033-2039)。