湯川研究室(研究テーマ)

研究テーマ

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高等植物の無細胞遺伝子解析系

高等植物の in vitro 転写系

 植物培養細胞(用語解説参照)を使って、植物細胞の核で進行する転写(RNA合成)活性を無細胞環境 (in vitro) で解析しています。この方法は、分子のレベルで詳細に遺伝子発現機構を調べる有効な手段です。しかし、これまで植物の分野では技術的に困難であったため広く用いられていません。本研究室では独自の技術で困難を克服し、解析を進めています。

invitro.gifin vitro転写系の解析原理

 植物細胞の核には、現在5つの RNA ポリメラーゼの存在が確認され、RNAが合成(転写)されています。RNA ポリメラーゼ I (Pol I) はリボソーム RNA (rRNA) 、RNA ポリメラーゼ II (Pol II) はメッセンジャー RNA (mRNA)と低分子 RNAを転写します。そして RNA ポリメラーゼ III (Pol III)は tRNAや 5S rRNAといった遺伝子発現に関わる重要な安定低分子 RNA を大量に合成します。RNA ポリメラーゼ IV (Pol IV) とRNA ポリメラーゼ V (Pol V) は短いRNAを合成して、遺伝子の抑制機構(サイレンシング)に働くと考えられています。

ポリメラーゼ
転写する遺伝子、役割など
Pol I
リボソームRNA(rRNA)遺伝子、リボソームの構成要素合成
Pol II
mRNA、低分子RNA
Pol III
tRNA、5S rRNA、核内低分子RNA(snRNA)遺伝子など
Pol IV
siRNAを合成、RNA依存的DNAメチル化に関与、植物特有
Pol V
RNA依存的DNAメチル化反応の足場となるRNA合成に関与、植物特有

 これらのうち、タバコ培養細胞由来の in vitro 転写系は Pol I ~ III の転写活性を持っています。当研究室ではその中で最も高い転写活性を示す Pol III に特に着目して、研究を進めています。

Pol3types.gifRNAポリメラーゼIIIによって転写される遺伝子の構造

 植物の遺伝子発現制御機構は、動物や菌類とは異なった特徴があると考えられています。したがって、植物特有の転写の仕組みを理解することで初めて、真核細胞の転写機構を完全に解明することができます。現在開発を進めているシロイヌナズナ MM2d 細胞由来の in vitro 系は Pol II の活性が強くmRNA 転写の研究に適しています。

(植物遺伝子の光依存転写制御に関する論文が、2016年のPlant PhysiologyLinkIcon に掲載されました)
(tRNA 遺伝子の転写制御に関する論文が、2013年のGene誌LinkIconに掲載されました)
(tRNA 遺伝子の転写制御に関する論文が、2011年のGenomics誌LinkIconに掲載されました)

葉緑体の in vitro 翻訳系(葉緑体工場)

PAGE.jpg試験管内で合成したタンパク質を電気泳動で確認します。 葉緑体は植物の細胞の中にある細胞小器官であり光合成を行う場所です。光合成とは、太陽の光エネルギーを利用して、空気中の二酸化炭素から有機物を合成する葉緑体の働きです。植物の葉緑体は光合成を進めるために様々なタンパク質を作り続ける必要があります。その一つであるルビスコ(リブロース1,5ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシダーゼ)は葉緑体の重量のおよそ半分を占め、地球上で最も存在量の多いタンパク質として知られています。つまり、葉緑体には優れたタンパク質合成の潜在力が備わっていることになります。この葉緑体の優れたタンパク質合成能(翻訳能)を利用して有用タンパクを大量合成するのが葉緑体工場プロジェクトです。

 また、葉緑体は花粉の中には含まれないため、葉緑体の遺伝子操作は、改変操作した遺伝子が環境中に拡がる心配のない安全な技術です。現在は基礎研究として、葉緑体の in vitro(無細胞)翻訳系を使って解析を進めています。開発した in vitro 翻訳系は放射性同位元素を用いる代わりに、緑色蛍光タンパク質(GFP)を使用することで高速・高感度で翻訳活性を解析できます。

(葉緑体 ndhC-ndhK mRNA の翻訳の研究が、2013年のPNAS誌LinkIconに掲載されました)
(葉緑体 psbD-psbC mRNA の翻訳の研究が、2012年のNucleic Acids Research誌LinkIconに掲載されました)
(葉緑体 atpB-atpE mRNA の翻訳の研究が、2011年のNucleic Acids Research誌LinkIconに掲載されました)

新規低分子RNAの探索と同定

 主要なモデル生物のゲノム計画(全ゲノム塩基配列の完全決定)の完了に伴い、ゲノム配列上に遺伝子の特定(アノテーション:注釈付け)が続けられています。それらの過程で、タンパク質コード情報を含む遺伝子の数が予想外に少ないことが判明しました。しかし同時に、DNA上の至る所からタンパク質情報を含まない RNA (ノンコーディング RNA: ncRNA) が転写されることも分かってきました。例えば、タンパク質をコードする転写物(mRNA)は、ヒトの場合で、わずか全転写物の約2%、植物でも約30%です。多量に存在するノンコーディングRNAは何か重要な機能を持っているに違いありません。これらのRNAの発見と機能解析は興味深い研究テーマです。

 それでは、どのように研究を進めたらよろしいのでしょう。タンパク質コード遺伝子は、実は情報科学的に容易に予測が付き、比較的簡単に見つかります。それに対して未知のノンコーディング RNA 遺伝子を予測する方法はまだ確立していません。そこで、我々は持ち得る技術を駆使して、これらの難題に挑戦しています。つまり、植物由来のノンコーディング RNA 遺伝子の予測を目的に、タバコの in vitro 転写系を最大限活用して研究を進めています。

 具体的には、RNA ポリメラーゼ III が認識する極めて保存性の高いプロモーター配列をコンピューターで全ゲノムデータから検索し RNA 遺伝子候補を見つけ出します。得られたRNA 遺伝子候補配列を含んだDNAをゲノミック PCR で増幅し、in vitro 転写系でその転写能を確認しています。現在、新しいRNA候補が多数見つかっています。特に、シロイヌナズナ由来のAtR8 RNAは、低酸素に応答する興味深いノンコーディングRNAです。

ncrna.gifシロイヌナズナで見つかったRNAポリメラーゼIIIで転写されるAtR8 RNA の2次構造(予測)

(低酸素ストレスに応答して発現するncRNA の最新の成果が、2012年のRNA Biology誌LinkIconに掲載されました)