生物多様性コラム(第3回)

葉緑体ゲノム

(Chloroplast Genome)

2013.07.22

植物のグリーンは再生能力をイメージさせる 「グリーン」という言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?ゴルフとかカワサキのバイクなんて答える人は、かなりのマニアだと思います。最近では「グリーンなんとか」というと、「環境に優しい」とか、「省エネ」、「再生可能」という意味で用いられることが多そうです。グリーンという言葉には、何か人に安心感を与える力があります。それが、植物の色に根ざしているのは間違いないでしょう。

 植物が緑色をしているのは、光合成を行う葉緑体を細胞の中に含んでいるからです。葉緑体では、光合成色素が緑以外の光をエネルギーとして用いる(吸収する)ために、結果として緑に見えるのです。生物の進化の歴史を考えると、光合成をする植物の出現が、進化の大きな原動力になってきました。現在の地球上でも、生物多様性の進んだ地域(ホットスポット)には、植物の多い場所が含まれます。植物が光のエネルギーを使って、空気中の二酸化炭素から有機物を合成することが、生態系全体のエネルギーと物質のうまい循環の原動力になるからです。

タバコの葉緑体ゲノムの物理地図(サークルマップ) 生物多様性に大きな役割を示す葉緑体は、実は昔は独立して生活する生命体であったと考えられています。そのきっかけは、葉緑体の中にDNAが発見されたことです。発見したのは日本人で、1963年にコロンビア大学に属していた石田政弘博士が、単細胞緑藻であるクラミドモナスの中の葉緑体にDNAを見つけました(文献1)。現在では、シアノバクテリア(ラン藻)に似た葉緑体の祖先が、植物細胞の祖先に取り込まれ、一緒に生活をするようになったと考えられています。このことを証明したのは、当センターで名誉センター長を勤められる杉浦昌弘名誉教授の功績です。

杉浦先生がこれまで解析した葉緑体ゲノムのサークルマップ 杉浦先生は、遺伝子研究の技術が確立して間もない1970年代に、葉緑体ゲノムの塩基配列をすべて読んでしまう、今でいうところのゲノム計画を世界に先駆けてスタートしました。遺伝子1個をクローニングして塩基配列を決めただけで、Nature誌やScience誌に掲載された当時としては、途方もない発想でした。155,943塩基対のタバコ葉緑体のゲノムの解析に、実に10年を要し1986年に完了しました(文献2)。その後、1989年にイネ、1994年にクロマツ、1997年にクロレラ等、葉緑体ゲノムを次々に決定しました。これらの研究はいざ進めてみると、実はいろいろなことが分かりました。最も大きかったのは、コンピューター技術の発展に伴い、新しい遺伝子候補が多数発見されたことです。働きの分からない遺伝子が始めに見つかり、その後に機能が解明される「逆遺伝学」の時代が幕を開けしました。話を戻して、葉緑体ゲノムとラン藻ゲノムを比較できるようになって類似性が多数見つかり、葉緑体の祖先がラン藻型の生物であったことが証明されたのです。

 現在、多様な生物種をカタログ化するDNAバーコード計画が世界中で進められていますが、植物の場合は葉緑体ゲノムに含まれる rbcL 遺伝子と matK 遺伝子の塩基配列が主に利用されています。これらの遺伝子の発見も杉浦先生の功績です。当センターでも現在、両遺伝子を用いて、植物のバーコード計画を進めています。


参考文献

LinkIcon文献1(Sager and Ishida, 1963, Chloroplast in chlamydomonas, PNAS, 50: 725-730.)
LinkIcon文献2(Shizozaki et al., 1986, The complete nucleotide sequence of the tobacco chloroplast genome: its gene organization and expression, EMBO, 5: 2043-2049.)

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